大人の関係 つづき ^^;
先日、大人の関係 について書きました。
コメントをくださった皆様ありがとうございました。
夫やブログトモの皆さんにアドバイスをもらい。
職場、学校、町内会等 根底に基本になる切っても切れない関係が
存在していないお付き合い(今回のようなただの日本人主婦の付き合い)は
”無理に付き合うことはない”と私なりに結論づけ、一件落着!!
それに私は肝心の 祝う気持ち があるのか? と自問自答
答え。。。それほどない
って事に気が付き
不参加の返事で間違いなかった。ヤレヤレ
と思っていたら・・・・一本の
が〜〜〜〜
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ちなみにこのベビシャワーは土曜の夕方開催で子供はお父さんに預けて
「ママだけのお食事会」と言う趣旨だったので
私の不参加理由は『夫がその日は休日出勤で子供を預けられない』でした
本当に偶然にも夫は滅多にない休日出勤シフトが入っていたのです。
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本題に戻りますと電話の主は
ベビーシャワーの幹事さんからで
「他にも子供連れで来る人がいるから
mimiさんも遠慮しないで(息子を)連れて来てOKだよ!」
って内容でした。
優柔不断な私はその場でキッパリと断る事が出来ず
返事を保留してしまったのです。あ゛〜〜〜〜〜〜〜
返事を引っぱっておいて断るのも悪いなとか
人が集まらなくて困ってるのかもとか
色んな事が頭の中を駆け巡り・・・・悶々とした夜を過ごし
出した結論は やっぱり参加しておこう
翌日は所用でなかなか電話を出来ずにいたら
向こうから掛かってきてしまい
「で、どうする? 行く?行かない?」と二者選択を迫られたら私。。。
そしたら とっさに口を付いて出た言葉は
「ゴメンナサイ 私やっぱり行きません」
言った自分に物凄くビックリして かなり動悸が激しかったです 笑
グルグルとくだらない事で考え込んでいた私は一体なんだったのでしょうね。
結局は 心の声の一喝 で簡単に終わってしまいました。
頭で考える見栄やエゴに惑わされがちだけど
今まではそれに自分自身が振り回されていたけど
しっかり心の声に耳を傾ける訓練も必要だと痛感した出来事でした。 終
大人の関係
私はお局OL時代、
職場の飲み会を面倒くさがる新入社員に向かって
「付き合いも仕事のうち」
「学生のように仲間だけで楽しければいいってのは通用しない」
と云い続けて来ました。
そして2003年にアメリカに来てからは
まったく知り合いのいない世界。
自ら日本人社会に足を運んで友人を作る事に専念しました。
自称:社交性あり の 広く浅く無難に人と付き合えるタイプだった。
しかし2006年秋に乳癌を告知され
2007年2月からキモ治療(ヅラ)生活がスタート。
病気の事は親しい友人にしか話すまい。と決めていたので
ヅラがばれるのを恐れて、
大勢の人が集まる場所からは足を遠のけ
友人、知人達からは距離を置く生活になりました。
そうしている間に今まで自分がしてきていた
『広く浅くの人間関係』が無意味なような気がして来て
『狭く深くの人間関係』に変ってきた。
面倒な事はしたくない。
しがらみに囚われたくない。
自由に楽しい事だけしていたい。
そうな風に考え髪が再生したあとも大勢の集まる場所や
付き合い の集まりには参加してこなかった。
週末に一通のメールが来た。
それは8月、9月に出産を控えた知人二人の
ベイビーシャワーのお誘いだった。
(無事な出産を願うために友人知人が開くパティー)
私は一人の妊婦さんはあまり知らないし、
参加メンバーも知らない方が多数だったし
『広く浅く』を撤廃した身としては
当然のように不参加の返事をしました。
でも、昨日 ふっと思ったんです。
これって 職場の飲み会は面倒だから行かない。
つまらないから行かない。ッて言う
新入社員と一緒なんじゃないかって・・・
ただの昼間の主婦のお茶飲みなら断ってもいいけど
お祝い事の席まで拒むってどうなんだろう。
ここは付き合いで顔を出すのが 大人の関係 なんだろうか?
自己主張とわがままの線引きが難しいように
境界線の難しい問題にぶち当たってしまいました。
ひとり言 −秋葉原事件−
きっと日本では連日報道されているであろう アキバ事件。
七名の大切な命が奪われました。
私はネットのニュース記事しか読んでいないので
詳しい事はわかりません。
いつものように 「行ってきます」と言って出かけたきり
帰ってこない 息子、娘、夫。
ご家族の悲しみはどんなに大きいか・・・
犯人への憎しみはどれほどか・・・
私の母もある日、銀行に行ったきり帰って来ませんでした。
死因はくも膜下出血という頭の血管が切れてしまう病気です。
突然襲ってきた悲しみに家族全員が押しつぶされそうでした。
でも、『病気だったから仕方がない。』と気持の整理をつけるというか、
自分に言い聞かせ悲しみに耐えることが出来ました。
でも度々起こる無差別殺人。
あかの他人に突然、命を奪われる。
こんな事があっていいのだろうか?
遺族の方々、ましたや亡くなられたご本人はどれほど悔しい事か。
犯人を憎んでも憎みきれないでしょう。
大切な人がいなくなった悲しみをどこにもって行けばいいのか
わからないだろう。
私は癌という死に直面した病にかかり、
死をとても身近に感じ、
普通に生きる喜びを心から感じています。
もっともっと、生きたいとも思う。
でも いつかは来るであろう最期の時の
心の準備も忘れずにしなくてはならないのも現実だと思っている。
こうした自分の人生を見つめる時間を奪われた
被害者の方々本当に心残りだろう。
心からご冥福をお祈りします。
なんだかまとまりのない文章になってしまった。
上手く 自分の気持を表現できないわ・・・
私の独り言だと思ってください。
何回はいたら洗う?

アメリカに移り住んで初めて専業主婦&育児に追われ
着る服といったらパンツばかり。
それも夏以外はほぼ毎日ジーンズです
昨日はまとめて5本(+夫のパンツ2本)洗濯しました。
の写真
私は数回はいたジーンズをまとめてドカーンと洗います。
だいたい、4-5回ははいちゃうかな〜
毎日同じ物をはくわけではないので
月に1回まとめて洗濯するサイクルです。
もちろん子供と公園に行ったり、汚したりしら
その都度洗濯するけどね。
今まで何の疑問も持っていなかったんだけど
昨日 ふっともしや洗濯の回数少なすぎ?
と思ってしまった^^;
確か友人は1回で洗濯するって言ってたし・・・
世間の人々はどの位の頻度で洗濯してるのかな
でもね、、、ちなみにうちの夫は
『ビンテージ物だ!!!』とか言って
ジーンズは年に一度か二度しか洗わないの
それはいくらなんでも汚すぎやしませんか?って感じです。
余談だけど、結婚当初 彼の
を勝手に洗濯して
ベランダで天日干ししたらメチャクチャ怒られたっけ。
スッキリしない・・・
昨日からどうも気分がスッキリしない。
なんか悶々した思いで過ごしている。
原因は分かっている。
主治医が病院を辞めた事。
昨日は3週毎のハーセプチンの日。
前回の時書いたけど(コチラ)
前回、前々回と私一人で通院したので主治医と会っていない。
なので最後に会ったのは9週間前。
そして昨日、夫と病院に行きまずは点滴。
点滴バックをガラガラしながら診察室に通された。
うん?! いつもと違う部屋だぞ。
いつもは乳癌関連のポスターや模型があるのに
今日の診察室は大腸関連ばかり・・・・なんか嫌な予感
その瞬間!登場して来たのはぶくぶくに太った大男。
話がそれるが『千と千尋の神隠し』で両親が
になった姿を
想像してもらえるとこの大男Drの風貌が分かってもらえると思います。
で、夫と私・・・・・?! 『あのーDr.Shaffarは?』
『彼女? 3週間前からココには居ないよ』
夫と私は唖然

私の主治医は病院を辞めていたのです。 アリエナ〜〜〜〜〜〜〜イ
この
いや、大男Drにある程度引継ぎはしてくれてあったようだが
彼も急に患者が増えて迷惑しきり。。。と言った様子がありあり
最低限必要なことだけ話して診察(顔合わせ)は終了。
それから私の中に主治医が居なくなった不安
見捨てられたような(オーバー?) 孤独感 や 怒り
挨拶も出来なかった 寂しさ
色んな感情が渦を巻いていてスッキリしない。
そりゃーこっちの都合でDrと会ってなかったんだけどさ
前回に一言言ってくれるとか、夫宛に電話くれるとか
(急ぎの用事は直接掛かってくる事もあったの)
してくれてもいいんじゃない
と不満もある。
しかし、治療も終盤を迎えこれと言って医師の指示を
受ける必要はなくなったと言っても
最初から担当してくれた主治医が居なくなるとは。
はぁぁぁ ため息ばかりが出てきちゃう
薬の処方だけしてくれればだれでも同じなんだけどね〜
でもね〜 スッキリしないのよぉぉぉ〜
参考:
日本ではどういったシステムになってるのか分からないんだけど
では癌患者に認定?されると
オンコロジストと言う癌専門医が担当医になります。
この専門医は放射線科と化学療法士(抗がん剤専門医)がいます。
私は放射線は不要だったので担当医は化学療法士のDrでした。
外科は最初の手術の時にしか登場しません。





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